まもなく幕を下ろす安倍政権。

 「アベノミクス」「地方創生」といった政策を打ち出す一方、「強権的」「おごり」といった批判もつきまとった。7年8カ月に及んだ歴代最長政権は、地方に何をもたらしたのか。首相のおひざ元である衆院山口4区(山口県下関市長門市)を記者が歩いた。

 黄に色づく棚田の向こうに日本海が広がる。9月上旬、車で訪れたカップルが、棚田を背景に写真を撮っていた。山口県長門市の油谷(ゆや)。安倍首相の本籍地だ。

 「息をのむほど美しい棚田の風景。若者たちが、こうした美しい故郷(ふるさと)を守り、未来に希望を持てる強い農業を創(つく)っていく」。2013年2月の施政方針演説で、安倍首相は訴えた。

 

 しかし、油谷の風景は変わりつつある。

 「もうからんわ、負担は大きいわで、若い人は出て行ってしまう」。米を約70年作ってきた永松泰さん(85)はこぼした。「日本の棚田百選」にも選ばれた東後畑(ひがしうしろばた)地区の棚田約50ヘクタールのうち、耕作されているのは15ヘクタールほど。10年前は約20軒あった米農家は半減した。

 油谷の高齢化率は54%。永松さんの3人の子は別の職に就き、妻(83)は今年、体調を崩して高齢者施設に入所した。1人では手が回らず、昨年1・6ヘクタールだった作付けを今年は0・5ヘクタールに減らした。

 安倍首相は金融緩和、財政出動、成長戦略の「3本の矢」によるアベノミクスで経済を立て直す構想を描き、成長戦略の一つに「攻めの農業政策」を打ち出した。だが永松さんの収入は約8年で2割減。「3本の矢は的を外していた。株価は上がったかもしれないが、地元に何の還元もない。本当に棚田を守る気があったのか……」

 JR下関駅前のグリーンモール商店街。在日コリアンが経営する飲食店などが連なり、「リトル釜山」とも呼ばれる。安倍首相は「景気回復の実感を、全国津々浦々にまで」と語ってきたが、通りはシャッターを下ろした店が点在し、人影はまばらだった。

 安倍首相が30年以上前から足を運ぶ焼き肉店がある。壁に飾られているのは、首相から贈られた「真実一路」の色紙。経営者の豊川徹男さん(51)は「景気回復……。ピンとこない」と苦笑いした。昨年10月の消費増税に合わせてカルビやロースは1皿税込み1243円に値上げしたが、客の財布のひもが固くなった気がする。「観光客が押し寄せるわけでもなく、商店街は活気がない。コロナ禍もあって先行きが見通せない」

 電器店を営む柴田哲也さん(65)は、08年に発足した商店街振興組合の中心メンバーだった。約60店が集まりイベント企画などをしてきたが、事務所の賃料などが重荷になり2年前に解散。同い年の首相を支持するが、「株価が上がってお金持ちはよかったんだろうけど、貧しい人が豊かになったかは分からない」。